No.006

認知症を知るということ
認知症を知り地域をつくる10か年の構想がスタートして、間もなく2年になります。この間、100人会議のメンバーの方々や、キャンペーン事業に携わってこられた方々のご尽力に、改めて感謝申し上げます。
さて、私どもにとって、地域において、認知症の方とそのご家族の方をどのように支えていくのかということが、大きな課題です。これは、医療・福祉関係者のように業務としてかかわるいわばプロの方にとっては、必須の課題ですが、それ以外の方々にとっては、地域において生活者としての関わり、仕事においての関わりの中で、どのような支援ができるのかということについては、「特別な病気なので、何か特別なことをしなければならないのか」という先入観などから、必要は感じていてもなかなか支援の輪の中に加わることを躊躇するようなケースも多くあったと聞いています。
こうした中で、このキャンペーンは、まず、認知症を知ることから始めようと、こうしたプロではない人たちのきっかけづくりになっています。いったん、きっかけができれば、その後は、自分自身の身の丈に合った活動に結びつくことになりますし、もちろん、知ること自体が一つの大きな成果です。こうした取り組みが、多くの方の理解を得て広がっていくことを願っています。
No.005

母の住む町
東京から新幹線を乗りついでおよそ3時間の所に、85歳になる私の母は一人で暮らしています。2年前に在宅で父を見送った母は、父の介護のことでケアマネジャーのSさんにお世話になりました。父が亡くなったあとも、時々Sさんは母の前に現われ、父の思い出を語る母の話し相手になって下さっていることを母から聞いています。
母は、娘の住む東京に移り住みたいと思っていた時期がありました。けれども私は高齢になって見知らぬ土地で生活を始めることは“理論”上よくないと考え、できる限り住み慣れた町にいることが大切と母に伝えています。近くのスーパーに買いものに行って顔見知りのレジの方と冗談を言ったり、近くの山道を歩いたあと町の図書館に寄って小説を読んだり、同年齢の一人暮らしの友人と語らったりお出かけしたりと、母はそれなりに“忙しい”生活だと言っています。雪の積もった翌朝、玄関から道路に通じる小径は町のどなたかが除雪して下さると母は喜んでいました。毎朝8時頃にかかってくる電話では、ものさがしに時間がとられていると嘆いていますが、「認知症になっても安心して暮せる町づくり」によって、母は大丈夫と私は思っています。
No.004

驚いていることがあります。認知症と病名が変わってからまだ1年ですが、その認知度が非常に高いことです。調査をしたわけではありませんから、単なる私の思い込みかもしれませんが、酒の席などで認知症という言葉を使って、それ何、と聞かれたことがないのです。ないどころか、痴呆症から呼び名が変わったんだというような説明もなしに話の流れが途切れないのです。もっとも私が飲む相手は私と同等かそれ以上の高齢者が多いので、これも正確度に欠ける要因にはなりますが。
何を言いたいのか、言うまでもありません。多くの方が認知症を他人事ではない問題として、とらえておられるように感じるのです。御自分の親、兄弟、親類、友人の親など、御自身がその渦中におられる方はもちろんですが、そうでなくても身近なところで介護で格闘し疲れ果て、といった状態を見聞きしているのです。そして、高齢になればなるほど認知症になる確率が高くなることを知り、最近物忘れがひどくなったが、これは認知症の始まりではないかと密かに自分の状態と本に記載してある認知症の症状とを照らし合わせてみたりしているうちに、更に不安感がつのってくるようです。
現在、認知症の高齢者の方は170万人を超えています。このまま何もせずにいますと、人が人らしくとか、認知症となっても人としての尊厳を失うことなく、というあたり前のことが危ないことになりそうです。一人二人が声を出すだけでなく、あっちでもこっちでも声を挙げてくれる人が増え、そして増えるだけでなくどうすればよいのか町ぐるみで考え実行してゆくことが必要です。
理屈をこねている時間はもうないと思います。動きながら考え、考えながら工夫してゆかねばならない状況だと思います。すでに日本のあちらこちらで人の尊厳を守るための取り組みが始まっています。小さな町や村から動き始めています。一年先、二年先には本気になれば認知症への取り組みもこんなに速く進むものかと驚きたいと期待しています。
No.003

認知症について新しい流れがおこっています。しかも社会の多くの領域で関心が高まっています。医療の面でも画像技術などの進歩にともなって、認知症が発病の早期に正しく診断されるようになりました。また治療薬のなかったアルツハイマー病にも適応薬が開発され、予防についても様々の取りくみが行なわれるようになりました。ことに認知症のケアについては、高齢者を中心におくケア・サービス、その人らしさを大切にするケア理念がかかげられ、施策面でも多様な取りくみがなされています。
2004年10月京都市で開かれた「国際アルツハイマー病協会第20回国際会議」では、国の内外から認知症をもつ高齢者の方々が自分の体験を語られました。このことは、当事者からの情報発信として大きなインパクトを与えています。
今回の認知症への改称は、この新しい流れをさらに好ましい方向に推進してゆくものと期待されています。私たちが認知症になっても心は生きています。そして住み慣れた地域で今まで通りの自分らしさを支えられて共に暮らしていけることを望みます。そのためには多くの人々が認知症について正しく理解し、認知症の方や介護する家族をどのように支えてゆくことができるのか、考えてみたいと思います。認知症になっても安心して暮らせる町づくりに御参加下さい。
No.002

認知症は老いるにつれて誰にでも起こりうる脳の病気にともなう障がいです。現在、その数は160万人で、今後20年間で倍増することが予想されています。
「痴呆」という言葉は「何もわからなくなる」「もうどうしようもない」といった誤解やあきらめをうみ、適切な対応や支援をさまたげてきました。そのため、「認知症」に変更されることになりました。
これまで多くの努力が行われ、正しい理解と支援があれば認知症になっても、豊かな感情や自分らしさを保ちながら住み慣れた地域で暮らしていけることが可能になってきています。近所の人やこどもたち、商店、飲食店、金融機関、交通機関、文化・娯楽施設、そのほか町のさまざまな人たちが認知症を正しく理解し、たがいの力を活かして暖かい見守りと支えあいの輪を広めていくことが、今求められています。
全国どこの町でも、安心して自分らしく暮らせることの実現に向けて、「認知症を知る1年」キャンペーンへのご参加をお願いします。
No.001

認知症は現在、介護保険の認定を受けた高齢者の2人に1人にその症状や影響が見られます。高齢化が急速に進むわが国においては、最優先で対処すべき重要課題となっています。
厚生労働省としましても、認知症対策に積極的に取り組むべく、この4月から「認知症を知る1年」キャンペーンをスタートさせました。認知症についての正確で具体的な情報を国民の皆様に幅広くお届けし、理解を深めていただくとともに、認知症の方が暮らしやすい地域づくりを推進していくことを目的としております。
認知症対策に関しましては、各種施策の充実を今後一層図らなければなりませんが、それと並行して住民の方々や住民組織、地元企業などが参加した地域づくりが非常に重要であると考えております。認知症の方が住みなれた地域の中で暮らし続けるためには、徘徊した場合の周囲の対応や、ちょっとした生活面の支え、見守りを必要とします。また、昨今悪質な住宅リフォーム業者による詐欺事件が社会問題になっておりますが、悪質業者を取り締まることと併せまして、被害に遭いやすい認知症高齢者の世帯を地域の目が守るということが有効な防御策になるのではないかと考えます。
そのような中、各界有識者の方々などが参加されて「認知症を知る1年」の推進母体をお作りいただきまして、啓発や地域づくりの応援団となっていただいたことは実にありがたく、勇気をいただく思いがいたしております。
皆様と一緒に手を携えて、全国各地が認知症になっても安心して暮らせる町になりますように厚生労働省としても精一杯努めてまいりたいと存じます。